めぞん一刻を語る③:嫉妬の心理

めぞん一刻

哲学者のみる嫉妬とめぞん一刻

哲学者でありエッセイストでもあった串田孫一は言っている。嫉妬の前にあるものは愛だと。そりゃそうだろうと素人でもそう思う。しかし、彼の指摘の凄いのは、その愛の定義のところである。愛について、こう謂うのだ。『愛は、自分を見せようとする大した感情』だと。自分の存在を充分に他人に認めさせることなのであるとまで指摘する。

そこで、この哲学者の嫉妬についての考え方と漫画『めぞん一刻』における嫉妬の構造を対比しながら、やっかいそうなこの「嫉妬」なるものを切り拓いてみたい。

音無響子さんの嫉妬シーン

このめぞん一刻の面白さは、五代君の人の良い不器用さと一途の想い込みもあるのだが、実は、音無響子さんの人物描写が極めて深くて、面白いのです。響子さんは大変人間的なのであります。

そう、嫉妬深かったり、怒りっぽかったり、ストレートに自分を表現できない「面倒くさい女」なのです。実は、響子さんの美人さ故に、ここを許して飛ばしてあまり考えないでいる人も多いと思うのですが、この響子さんの性格が、実は、この漫画が大人気になった一番の肝に違いありません。響子さんの嫉妬を含めたメンドクササが大変面白いのです。

また、五代や三鷹のどちらにも答えず三角関係を続ける「ズルい女」でもあって、音無響子は嫌い、という人も多いようですね。終盤は持ち前の魔性を存分に発揮します。

とにかくですね。この漫画はラブコメの王道でありますが、音無響子さんの嫉妬心満載のコメディ漫画でもあるわけですね。

そこで、その大変な女性である音無響子さんにまつわる漫画における「嫉妬シーン」をみてみましょう。

こずえ編

入院した五代に対して、響子さんは、こずえに「ヤキモチを妬いた」と初めて自分から告白した。それで、彼女は、否応なく五代に対しての気持ちを考えざるを得ななくなった。この気持ちは五代君が好きなんだと。ある意味、響子さんは天然というか、鈍感であるが。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

嫉妬というのは、愛を求める相手に対して、自分以外の競争者が存在して、その人物に対して持つものである。それを響子さんは自覚したのであった。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

そして、彼女は、嫉妬という感情が卑しいものであることも自覚出来ているのであった。だが、感情というものは、そう簡単に割り切れるものでもないのである。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

朱美編

朱美とのこのシーンでは、嫉妬の特殊性が表現されている。嫉妬という感情と恋愛という感情の2つを一緒に持っている響子さんは、実際には五代君とは全く恋愛関係にない朱美を競争者として見做してしてしまうのだ。ただ、ラブホテルから二人が出てきたという外観を見ただけで、嫉妬を作り出してしまうのである。これが、嫉妬感情の恐ろしいところである。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

ちなみに、おば様達がこぞって見ている韓流ドラマの殆どが、女性のこの嫉妬心を必要以上にこれでもこれでもかと煽っているので、面白いのである。別の世界と思って観ているのだろうが。愛の裏心理操作なのである。

めぞん一刻で朱美さんが響子さんのダメ女っぷりをズバッと指摘したシーンが好き - Togetter
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

八神編

女子高生八神の登場は、五代君と響子さんの相思相愛を引っ掻き回して、最高のキャラでしたね。女子高生なのに、女子高生だからか、響子さんの深層心理に鋭く射しこんでくるのである。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

「好きじゃないふりをして愛されようなんて、ムシのいい話だわ」

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

見栄っ張り。弱虫。いくじなし。八神の発言は、当たっているだけに、響子さんは太刀打ちが出来ないのであった。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

響子さんは自分の嫉妬心理の中にあるモヤモヤした感情の正体を、八神にストレートに言われたことで、かなり、動揺するのである。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館
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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

しかし、見栄っ張りだから、それを認めないで、チョットしたイラつきや怒りに変えてしまう。この辺りに、嫉妬感情のスパイラル降下があるね。響子さんは、本当は、五代君に、自分の存在を認めてもらいたいのに見せられないのである。

音無響子
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館
『めぞん一刻』(1980年)音無響子と五代裕作の相思相愛ながら、すれ違いの関係が続き、もどかしい距離がなかなか縮まらないお話 - Middle Edge(ミドルエッジ)
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館
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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

五代君直接編

まあ、この二人の直接対決は、殆どが、響子さんの嫉妬心理や嫉妬感情からの裏返しであります。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

上手に説明が出来ない人の良い五代君に対して、響子さんは、嫉妬感情から妄想も手伝い、大体がストレートに五代君に起こったり、無視したりします。非常に、わかりやすい。

響子 めぞん一刻 漫画 に対する画像結果
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館
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惣一郎さん編

五代君は響子さんの心から消えない死んだ前のご主人惣一郎さんにある意味、最後まで嫉妬をしていました。死んだ相手に対して。そうなのです。人は心の中に簡単に消せない消してはいけないと思う大きな傷を往々にして持っているのです。

五代くんが前の旦那さんを含めて響子さんを愛したように、大きな傷や喪失は私たちの一部になります。これを受け入れてしまうこと、その人と一緒に全てを。その上で、一緒に前に進むことで、私たちはまた幸せな日々を取り戻すことができるのではないかという暗示をくれています。

嫉妬の感情のアウフヘーベンを五代君はおこなっており、それを知った響子さんは彼の心を受け入れます。愛として。

響子 めぞん一刻 漫画 に対する画像結果
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館
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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

嫉妬心の行き着く先

めぞん一刻では、コメディ漫画でもあるので、嫉妬心が、人物達の勘違いやすれ違いという操作もおこなっていることも手伝い、嫉妬心がアウフヘーベンされて、良い結果になるようになっています。

ドロドロのサスペンスドラマのような血で血を洗う展開にはなっていません。

本来、嫉妬は自分に持っていないものを持っている人に対するネガティブな感情ですので、卑下すべきものであります。

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出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

しかし、『めぞん一刻』のように、自分に欲しいものが明確になるというのが嫉妬や妬みの感情の利点なのです。この記事の惣一郎さん編のところで、惣一郎さんに嫉妬や妬みの感情を感じていた五代君は、嫉妬から自分の欲しいものはやはり響子さんであることをしっかり理解し、惣一郎さんも含めて響子さんを大事にし努力していくという前向きな流れになっています。

響子 めぞん一刻 漫画 に対する画像結果
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

ここが、このめぞん一刻の素晴らしいところなのです。

普通は、こんな展開にはならないのでしょうが。しかし、そこに夢や幸せがあるでしょ。だから、この漫画、最高なんです。

響子 めぞん一刻 漫画 に対する画像結果
出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

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