めぞん一刻を語る⑧:妄想とめぞん一刻

めぞん一刻

『めぞん一刻』の面白さの1つに、妄想にスイッチするシーンがある。この妄想ってものは、本来、どんな代物なのかについて、今回も人間心理学的なあたりから、少しだけ、入ってみたい。

夢とも違う妄想なるものは、どういうものであろうか?



妄想の医学的なところ

今回、ここで「妄想」というのは、あくまでも、医学的なところで言うところの病的な妄想を対象とはしていない。今の医学の世界では「統合失調症」と定義されている傷病名に属するところの「妄想」とは違う。全く根拠を持たないところの一次妄想とは違うのである。ある意味、二次妄想とか定義される自分の経験と関係のある妄想で、自分でも気づくことが少ない病的ではない軽度の妄想なのである。そこはしっかり押さえておかなくてはならない。

めぞん一刻での妄想スタイルからの心理分類

妄想しがちな人の心理は、分別して整理してみると、次のようなところに行き着く。全ての共通原点心理としては、現実逃避があるのであるが。めぞん一刻での特に五代君を例にして、妄想心理の分別を心理学的に簡単にしてみよう。

現実逃避型のスタイル

何かのトラブルや悩みを持っていると、現実から目をそらす人がいる。そうすることで、現実や葛藤から一応逃げられるので、一時的な心の気休めになる。五代君の妄想にも、この傾向はある。

五代君は、良く、この妄想世界に入り込む。そうなのである。彼は、良く、妄想世界と現実世界が心の中で並立してその双方を行き来するのである。所謂、軽度の「二重見当識」なのである。そこが可愛いし、面白いのであるが。

ロマンチックスタイル

五代君の妄想心理として一番多いのが、このロマンチックスタイルであろう。五代君はいつもロマンチックなストーリーやシーンを夢想します。彼には、そもそも、このロマンチックなストーリーに強く憧れているのです。これが面白いことに繋がるのですが。憎めない妄想の一つですね。ストーカー的にならなければ。

出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

コンプレックススタイル

自分にコンプレックスを強く持っている人は、それを克服するために妄想することが多い。理想の自分を妄想して自分のその劣等感を払拭しようとするのだ。

出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

刺激を求めるスタイル

刺激的なことを妄想することで、現実の物足りなさを克服するようなスタイル。

生まれ変わり・変身願望スタイル

今の自分に不満があり納得できない人にありがちな理想の自分を追い求める妄想をする人のスタイル。

響子さんの妄想スタイル

基本的には、五代君の妄想が多いのだが、意外と知られていないのは、響子さんの妄想なのである。響子さんの妄想は、上の心理学的な妄想スタイルでどこにも当てはまらそうにもないが、実は、分類でいくと、「生まれ変わり・変身願望スタイル」の反面的な願望系妄想スタイルなのである。

出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

響子さんの珍しい妄想シーンは、結婚の向こうにある子供を産み育てることなのであるが、その妄想は美しいイメージではなく、意外とマイナスイメージが強いのである。この漫画のコメディスタイルのためにこのようなシーンの登場でもあろうが、五代➡貧乏➡子供好き➡子沢山➡大変な生活という反面的な生まれ変わり・変身願望スタイルなのである。響子さんは実は非常に即自的というか瞬間に判断をしてしまう直情的なところがあり、このような妄想に繋がっているのではないでしょうか。

我々は実は、このように、相手を知れば知るほど、響子さんのように瞬時の妄想をおこなっているのでしょう。そして、近くなればなるほど、その具体的未来のイメージをプラスではないマイナス面でも妄想するのである。

まあ、マイナスイメージの妄想は、色々な災害等の危機回避のためには必要な妄想かもしれませんね。

出典:『めぞん一刻』(c)高橋留美子/小学館

妄想のメリット

このような『めぞん一刻』の漫画に描かれている軽いプラス思考的な妄想には、いくつかのメリットがあることに気づくことが出来ます。

この漫画の中で、五代君の妄想は最初は現実から遠い妄想であったのですが、最終的に、自分の思い描く響子さんとの現実世界に収束していくという目的的行為であったことに繋がるのです。ここにこそ、妄想を頭の中に描くことの重要性があるのです。

自分の理想を自由に思い描き、具体的な行動に繋がる

五代君の片想いは、五代君に、勝手な自分の幸せな妄想する世界に入らせます。この妄想のまず良い点は、当たり前ですが現実世界で起きてほしくないような出来事がほぼ起こらないことです。そして、自分の中で自分の好きなように妄想をしているだけですので、誰にも邪魔されることなく誰かに迷惑をかけることもありません。

五代君の中で、この「妄想=こんな素敵なことがあればいいのにな」と思うことが、実は、この漫画では、五代君の自分の理想の行動に間接的に影響を与えているのです。そう、少しだけ妄想することで幸せな気持ちになり幸せフェロモンが出ることで、実は具体的な行動に影響を与えているのです。夢を見ることと妄想がある意味同義化しているのです。理想の自分を妄想して、その姿になるために紆余曲折はありますが必要なことを実行していくことで、理想の自分を現実に引き寄せているとも言えるのではないでしょうか。

妄想によって困難を乗り越える

五代君の妄想はかなり具体的です。響子さんと一緒になりたい。響子さんを妻にしたい。響子さんの為に就職して仕事を得て彼女を心配させずに自分のところに来させたい。そのためには、努力をしなくてはならない。数々の一刻荘の住人や周りのディスターブにもめげず、五代君は妄想の向こうにある現実目標に向かって実は頑張っていたのです。

そうなんです。五代君は響子さんに自分を愛してもらいたい・一緒になりたいという最終的な理想の状態に向かって何度も諦めなくてはならないような状況に陥っても、この妄想がどこかにあることによって、その精神的なストレスを払拭し、更にその理想に向かって何度も進もうと努力していたのです。

こういう精神的なストレス対処という意味でも、良き妄想には、メリットの意味があるのです。

『めぞん一刻』。妄想シーンをこんな観点から再度読んでみると、自分のこれからの理想とする目標に関して妄想を始めることも意外とプラスになるかもしれませんね。良い意味で。

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フジ子さん

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