懐かしの一九八〇年代

小説

❛THE SCRAP❜ 懐かしの一九八〇年代:村上春樹

どういうわけだか、昔、手に取ったが一切読まずに捨てたエッセイがあった。それが、あの村上春樹の『❛THE SCRAP❜ 懐かしの一九八〇年代:村上春樹』だ。その頃は、多分、自分がとてもどうしようもない人間であったことは間違いなく、上っ面だけを維持して中身を考えていたことなど全くなかったくらい馬鹿な若造であったのだ。小説もエッセイも格好をつけるために購入していたのだ。信じられないが、そのくらいに、アホだったのである。それで、このエッセイ。図書館の書架に、表紙はボロボロのままでページに至っては水に濡れたあと、紙がパリパリになっているような、人に本を読ませるような状態でない感じで、このエッセイが置かれていたのである。だからこそ、逆に、読む気になってしまったのである。長い年月をかけて、読まなかったかなり若き日の本を。


懐かしの一九八○年代 ‘THE SCRAP’

アメリカの新聞雑誌から選んだ、おいしい話題がいっぱい。「近過去トリップ」を楽しむうち、ふとノスタルジックな気分になるから不思議だ。軽妙酒脱な"話の屑籠"。

内容

率直な話

率直な話。この村上春樹のエッセイの『❛THE SCRAP❜ 懐かしの一九八〇年代:村上春樹』は、今の村上春樹のエッセイや文章からすれば、とても新鮮というか、親切なエッセイになっていて、若い時にそこまで深く読まなくて逆に良かったなと思ってしまったわけである。俺は。

そうなのである。このエッセイでの村上春樹の話は面白いし、良く書けている。基本的に、1980年代の雑誌から気に入ったところの、アメリカの小説・映画・雑誌・時代を中心にしたテーマであるのだが、ひとつひとつの話が結構深いし、ためになる。そして、そこは今の村上と同じではあるが、ウィットに富んでいる。そうか。この頃の村上春樹は相当アメリカの映画や小説に入り込んでいたなという感じで、文章からして、それが好感を持てるのである。

昔の話や昔の人の生き方をみていると、つくづく昔は良き時代であったなとおもってしまう。そんな気にさせてくれる名エッセイでないだろうか。普通に自然に書いているので、そこがまた、昔を思い出させてくれて、メランコリーな気持ちにさせてくれる。

実際に、今の時代より不便であったかもしれないが、あの時代は確かにとても心的に豊かではなかったのかと思ってしまう。それでかどうかは知らないが、昭和を知らない若者達に、何故か今、昭和POPSが大流行なのも、わかる気もするのだ。曲調もそうなのだが、歌詞がとてもメランコリックだからね。夢があったような。デジタルではない、どうにも、人間的な、空気が温かいような、そんな時代だ。

気に入った話の幾つか

テレビの持つ意味。テレビを見ると太る。テレビという機械のもつ機能の奇妙さに気づくべきである。なるほど、媒体があれから40年でかなり変わり若者のテレビ離れは多い。テレビを見ない価値をあの頃から言っていたぜ。

オジサンと若い女の子の関係性。あなたは十五分でもう一回やれる?そういうことか。

スティーブン・キングとジョン・カーペンターについて、結構色々と話を書いている。この嗜好は村上春樹と俺も同じ。なるほど、君も彼ら二人が好きか。やるじゃないか。彼がホラー映画のファンであることは嬉しいことである。

僕は女の子と昼前に待ち合わせて、昼ごはんに天ぷらか鰻を食べて、二時からの映画を観て、映画館を出てぶらぶら散歩をして、夕方バーでお酒を飲んで別れるというパターンには俺も大賛成。そうであるべきだ。特に若い時には。

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