めぞん一刻という漫画における音無響子さんと惣一郎さんとの決別の仕方について、考えてみる。ナカナカ、大事であった人との過去を心の中から拭い去ることは難しい。この漫画ではどうであったか?そして、それはいつも言われるような時間により浄化されたのかどうか。そんなあれこれについて、この漫画の中でみていこう。そして、それも1つの人生の手法として自分の中に幸せになるために活かしていこうではないか。なんちゃってね。
惣一郎さんという存在
女子高生だった頃の響子さんは八神いぶきとシンクロする位に積極的であったのだろう。天然なところのありそうな惣一郎さんへのアプローチがまたまた可愛いのであった。
結婚して突然亡くなった惣一郎さん。
音無の実家に行った五代君は、郁子ちゃんに頼んで惣一郎さんの写真を見せて貰います。しかし、惣一郎さんの写真が欠損していて、肝心の顔が分かりません。ただただ、五代は、惣一郎さんへの妄想を深めるだけであった。
死んでそこにいない人がずぅーッと五代君と響子さんの心の中で葛藤していくのだ。この漫画、逆漫画であるが、しかしながら、大変に重いテーマを実は軽いタッチで持っているんだよね。そこも素晴らしい。
普通、生きている人は死んだ人に勝てないね。そこをどう克服していくかの物語でもある。人の心の浄化ってやつは、どうしたら出来るのか。笑いの中に、マジなテーマが潜んでいるんだ。
惣一郎さんとの心の会話
4周忌2回目のお墓参りでは、響子さんはこの惣一郎さんを忘れていく現実を受け止め、そのうち忘れていくかも知れないけど許して欲しいと、心の中で宣言していました。めぞん一刻の場合、ある日突然吹っ切ったり、五代君と急激に接近するわけでもなく、こうやってゆっくりと段階を踏んで、それぞれが少しずつ変わっていくのです。そこが、好きです。
響子さんは惣一郎さんのお墓参りをもう少ししたいと1人残るのですが、そこで明らかに五代君と結婚する意思を惣一郎さんに伝えていました。
五代君の気持ちの移り変わり
死んだ惣一郎さんという存在。顔も最後までわからないという設定であるが、五代君の心の中には、響子さんへの想いが募れば募るほど、大きくなっていく。
惣一郎さんの好きだった料理が出されて、またまた落ち込む五代君。
教育実習に行った先の惣一郎さんと響子さんの母校の資料室で、惣一郎さんの写真を探そうとする五代君。彼女が死んだと勝手に勘違いをし五代君に想いを馳せることになる八神いぶき。五代君にとって、響子さんの惣一郎さんは心の中の大きなハードルなのだ。
響子さんはかなりの鈍感。響子さんは今まで特に気にせず五代君の目の前でも亡夫惣一郎さんの話をしていたのですが、今回五代君が「ぼくは惣一郎さんじゃありませんから」とキッパリ言ったのです。
初めて五代君が惣一郎さんの話についてどう思っていたかハッと気付いたようです。響子さんの何気ない惣一郎さんの話は五代君にはかなり辛い話であったことにようやく気がついたのです。
響子さんのケジメのつけ方
「…そんなことじゃ泣きませんよ。怒るけど。
お願い…一日で良いから、あたしより長生きして…
もう、ひとりじゃ、生きていけそうにないから…」
惣一郎さんとの死別、五代君との結婚、そして音無姓を捨てるための離婚、全てを含めた意味での響子さんのプロポーズに対する答え。泣かせる言葉だよね。そして、響子さんのケジメのつけ方でもある。
響子さんは惣一郎さんの遺品を整理し、音無家へ返す決意をします。泣いている響子さんを見て、五代君はそこまでしなくてもと声を掛けますが、ケジメとして響子さんは結局遺品を音無家へ返した。
惣一郎
バウ。犬の惣一郎。笑える犬だが、響子さんにとっての惣一郎さんでもあり、想い出になってしまうのだ。
惣一郎さんの想い出とバウの惣一郎が常にコラボする。
そして、想い出はいつしか新しい心のカタチへ。
五代君に惣一郎さんを見つけてしまった響子さん。
何故、響子さんにとって五代君なのか。それは、五代君の中に惣一郎さんを垣間見るからだ。響子さんにとってとても温かい何かを。
音無老人
音無老人「しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいきませんなあ。わしもいろいろ考えたんだけどね、このままじゃいけないんだよね、やっぱり。響子さんもまだ若いんだから、そろそろ音無家から籍をぬいてやり直した方が……」
音無響子さんの心の葛藤です。
「まだわかりません。自分がどうしたらいいのかわかるまで……惣一郎さんの姓を名乗っていたいんです。」
惣一郎さんのお父さん。音無老人の存在は意外と大きい。義理のお父さんの心の広さに改めて感動する。そして、響子さんが惣一郎さんから離れられなかったのは、息子を失った音無老人の悲しさがわかるからに違いない。私は、音無老人という素晴らしい存在がめぞん一刻にとっては大変重要なキャラであると思っている。めぞん一刻の素晴らしさはこういうところにもある。
幸せ
五代、男だ。惣一郎さんをひっくるめて、全ての嫉妬から響子さんを愛する。嫉妬という狭いエリアから大きな心で惣一郎さんも包含して愛そうとする五代。惣一郎さんという顔の見えない人物が人の心の中を行ったり来たりしながら、この愛の物語はエンドロールに向かう。
人はどうやって幸せになっていくのか?めぞん一刻には、そのヒントがある。辛いことも哀しいことも楽しいこともその人の中にあるそんな思い出や記憶の全てを愛し許せるようになっていく中に、本当の幸せがあるのかもしれないね。嫉妬はそれを私達に気づかせてくれるスパイスなのかもしれないね。
コメント
1から5全部見ました。
一つの漫画をここまで言語化できるのは素晴らしいの一言です。
ここまで話せる漫画なのは百も承知ですが筆者の方のボキャブラリーが素晴らしい。
そんな筆者さんに質問ですが、響子さんはいつから五代君のことが好きになったと思いますか?
お暇が有ればアンサー待ってます。
大変に返信が遅れまして、申し訳ありませんでした。拙い私の「めぞん一刻系の記事」を読んで頂き、感想までもらい、感謝致します。指摘の「響子さんが五代君を好きになったのはいつから」という問いはナカナカ素晴らしいテーマですね。思わず、そうか、この切り口でこの漫画を見たことなかったなと思い、久しぶりに、再読をしました。私なりに思うのは、響子さんの好きにも段階があったのかなという感じですね。第1段階は「桃色電話」の章で五代君の女性関係が気になるあたりから無意識に彼を響子さんが好きになったかなと。第2段階は「振り向いた惣一郎」の章で家出した惣一郎を連れて帰る五代君を惣一郎さんと見間違えるあたりで少しづつ響子さんの好きが意識化されてきたかなと。そして、第3段階は「坂の途中」の章で帰ってきてと響子さんが五代君を追いかけるところですかね。ここで完全な好きの意識の定着があったのではないでしょうか。第3段階以降は響子さんの五代君好きが愛にどう移行していくかって感じでしょうか?私の読みはまだ浅いですが、こんな感じです。全ては、勘違いから成り立っている好きの進化系ストーリーでありますが、そこがこの漫画の面白さでもあるし、笑いの中にキュンとするところがあります。素敵な漫画ですね。天ちゃん様の問いの答になっていないかもしれませんが、逆に、素晴らしい問いを有難うございました。この問いを、次の「めぞん一刻」記事を書くことがあれば、是非テーマにしたいと思います。長い文章になってしまいました。すんません。そして、有難うございました。勉強になりました。