嘘から出た真(短編1)

哲学

田舎から逃げてきたのは良かったのだが、先行きの金が底をついてしまった。

何とか、安アパートに入り込むことが出来たのも、運の良いことだった。不動産屋の老夫婦が不動産屋には珍しく人の好い人達で若干痴呆症的なところもあったのか、自分の嘘の履歴書がすんなり通ったのだった。

履歴書のたった嘘の一文のみで、自分を信じてもらったのだ。言葉を変えれば、善良なる夫婦を騙したのである。

そこで、礼金敷金家賃をなんとか支払いが出来た。その金は10万程だが、俺のなけなしの金であった。

というか、女の部屋にあった金をくすねて、一目散で、この東京に逃げてきたのだ。ヤクザの情婦だということを知って、すぐにだが。

田舎のスナックで、女は横に座り、こう言ったのだ。

「貴方は役者の○○に似てるわね。とても知的なおじさまよね。私のタイプだわ。何の仕事をしているの?」

「小説を書いている。ゴースト・ライターだよ。芸能人の△△や◇◇の本は俺が書いたんだ。だから、名前は明かせない」と嘯いたものだ。

加えて、「仕事がひと段落したから、いつもの放浪旅をしているんだよ。それで、この街に来て、君に逢ったわけだ」と付け加えた。

男好きの顔をした結構美しい彼女は今彼がいないと言い、簡単に俺になびいた。

それで、なんとか、彼女の部屋に潜り込み、最初はギャンブルで稼いだ金で女の気を引き、小説家風を装っていた。そして、途中から、金が尽き、女のヒモのようになり、ブラブラしていたのだ。

女は、そんな俺を小説家と信じているようだった。騙しが成功した。運の良いことに、俺は今まで、その手の詐欺師風色男を装い、何とか生き延びてきたのだ。まだ、今までの女達から訴えられていない。

しかし、女が俺を騙しているとは思わなかった。今、男がいない女だと確信した自分が馬鹿だった。歳を取ったのか、騙す女の状態の把握が不十分だった。

女の部屋にも女の話にも、ヤクザな男の影は一切見えなかった。迂闊だった。

女の男は刑務所にいて、じきに出てくるようだった。パチンコを打っている時に、その男が戻ってくることと女が情婦であることをたまたま知ったのだ。

俺は思ったものだ。逆の美人局か?それでも、俺にはまだ運がある。正体はバレていない。俺自身さえ、自分が何者か、既に判らなくなっている位だから。

一目散に、女が店から帰って来るまでに、部屋の俺の痕跡を全て消し、ついでに、女の持っている現金をちょろまかし、逃げたのだった。

それで、今、俺はここにいる。運が良いだろう。多分。

またしても、不動産屋に小説家と偽り、その一文に不動産屋の老夫婦は騙され、俺はアパートに潜り込んだのだ。あの女の男に追われる可能性はあるのだから。

ところが、契約した翌朝、老夫婦から、ある相談があったのだ。

アパートまで、老夫婦は二人で来た。手土産の桃も持って。

彼らの相談は、大学生の孫のために小説を書いてくれというものだった。大学の授業の前期の課題で短編小説を書いて提出というものがあるのだが、孫は重要なアルバイトなのか仕事があるらしく書く暇がないと言うのだった。金の問題ならなんとかなるが、こればっかりは私らに出来ないことなので、なんとか先生に頼めないかというお願いであった。

具体的には、四百字詰め原稿用紙40枚から50枚までの創作短編小説を書いて欲しいというものだった。題材は何でも良いらしい。金は、そちらの実際の仕事で貰う原稿用紙1枚の値段の枚数分の倍を出すという条件だ。そして、明日までにということだった。

俺の部屋に 何も ないことを怪しまない老夫婦に対して、俺は簡単にこの依頼を請け負った。書くことに自信があったわけでもない。当然、当座の金が必要だったからだ。俺の原稿の値段は1枚5,000円だとまで付け加えて。

老夫婦は笑顔を浮かべ喜んだ。ならば、明日、朝、取りに来ると言って、帰って行った。

40枚書けば、単純に40万円だぞ。どんだけ金を持っているんだ。

俺はほくそ笑みながらも直ぐに近くのコンビニに行き原稿用紙とシャープペンと消しゴムを購入した。近くに古本屋か書店があるか探したが、なさそうだった。

それで、とにかく、40万、40万と念じながら、考えたものだ。どうする?どうする?困った時に強いのが俺だった。

なんのことはない。 俺の今回のここに至るまでのことを書けば良いではないか。 古本屋で古い短編小説を探し出して盗作するのも芸がないな。機転の廻る俺は、そう決めたのだった。どうせ、あの老人達は何も読まずに息子に原稿を渡すだろうと思いもした。

そうだよな。俺の才能は今まで女に対する手紙や嘘の文書の作成で、どれだけの人を騙せてきたか?俺が書けば良いんだよ。

それならば、俺の逃避行についても、格好よくスタイリッシュに作文してしまおうぜ。あの女の男はオレオレ詐欺の主犯格で刑務所に行ったことにしよう。今時の世間のことが書かれているということで、きっと課題はA評価されるぜ。40万だ。50万だ。

それで俺は畳に腹這いになり、コンビニの帰りに拾った段ボールの上に原稿用紙を拡げ、今までのことをセッセと書き綴ったのだ。

書き続けるうちに、俺は、いっぱしの作家になった気がした。そして、書くことが楽しかった。食べるのも忘れ、女のことや男のことや俺のことを優雅に書いたのだ。

深夜、40枚の原稿が出来上がった。自分でも中々の出来栄えだ。

翌朝、老夫婦に原稿を渡し、現金で40万円を貰った。二人ともニコニコして、帰って行った。

そして、今日だ。

何故か、男とその若い衆が2名、俺の部屋になだれ込んできた。

「お前か。なかなかの優男じゃないか。あいつが行くのも、わからんではないな。寂しい思いをさせてたからな。あいつが宜しくと言ってたぞ。随分と世話になったらしいな」

「・・・・・・・・」

「お前、良く俺の仕事の内情が分かっていたな。あいつは全く話をしてないと言っていたがな。今じゃあ、口も開くのも痛くて喋れないみたいだがね」

「・・・・・・・・」

「しかし、良く書けていたよ。あいつは綺麗だったし、お前は素敵だったし、俺の仕事は本当に正確に描写されていたし、ただ、俺はそんなに獰猛じゃないぜ」

「・・・・・・・・」

「孫が何で俺んとこで働いているか分かんねぇよ。でも、憎めないやつで先生に提出する前に俺に読んでくれだとよ。イイ奴だねぇ。感動したよ」

「・・・・・・・・」

「じゃあ、ちょっと、一緒に、お出掛けしようかい。なぁ、作家先生様よ」

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