ポータレッジ(短編5)

アウトドア

なんで俺はこんなところにいるんだ。

そもそも俺は高所恐怖症なんだ。そして、ロッククライミングだってしたことはない。山登りは好きだが、縦走専門だ。止まるとしても、山小屋かテント。2泊3日か3泊4日のサラリーマン山好き男であるだけだ。

どう考えてもおかしい。

今、俺は体の寒さを感じて目覚めたのだ。周りが真っ暗でユラユラしていて、手の先にあたるものは、ナイロンのようなものだけだった。どこだ、ここは。俺はかろうじて触り見つけたジッパーを引いた。風が当然下から俺の顔に当たった。そして、下に落ちそうになった。遠くの下方に漆黒の森のようなものがあった。そうなのだ。俺は、何故か、絶壁の不安定なテントの中にいるのだった。

真っ暗闇の中でも、輝く星の光で、ここが断崖絶壁のかなり高い場所にあることがわかる。俺は確かにビバークテントの中にいて、ロッククライミングで言うところの、ポータレッジをしているのだ。

マジかよ。これ、夢かよ。夢ならいいのに。しかし、どう考えても現実だ。それもテントに一人。周りに壁に張り付ているテントは他にないようだ。

考えられない。どういうことだよ。

ボルトに繋がったロープで何とか維持しているテント。俺は、こんなものを作った記憶はないし、そんな道具だって持っていない。そもそも、ロッククライミングはしないし縦走だって単独行などしない。いつも友人と一緒だ。

おかしい。おかし過ぎる。だが、夢から目覚めない。どう考えても現実だ。

右横にライトの付いているヘルメットがあり、ヘルメットを被りライトをつけた。黄緑色のテントだった。

身の回りにあるものは、俺のモノではないリュックと登山道具と俺の好きな梶井基次郎の短編小説1冊だ。食事をしたのであろうバーナーやコッフェル等もあった。しかし、その記憶もない。

どういうことなんだ。これは。どうするんだ。これから。

とにかく今は夜。動けない。明け方になって陽が射して来たら、動かなくてはならない。携帯は?あるのか?電波は圏外ではないのか?

身の回りのモノをチェックし始めていた。ユラユラしながら。俺の携帯はあった。が、電波は届かない。だろうな。食料はビスケットとチョコレートとレトルト食品3点とカップヌードル1つがある。水も500mLペットボトル3本ある。何とか、2・3日は持つだろう。

だが、俺は、ロッククライミングの仕方など知らない。絶壁の下の地面から多分400か500メートルはあるここから、どうやって降りるのだ。

しかし、どう考えても、何故、自分がここにいるのか分からない。本当に記憶が分断しているのだ。最後の覚えている記憶は何なのだ。モヤモヤしていて、良くつかめない。

自分の名前・自分の家族・自分の出身地・自分の会社・自分の履歴を頭の中で反芻する。そうだよな、俺はこういうヤツだよな。確かに存在しているよなと呟いてみる。周りは山の中で絶壁、冷たい風の音しか聞こえない。鳥の声も聞こえやしない。

自分を辿りながら自分だと思いつつも、どうもしっくりこない。自分の妻や息子や娘が像になってイメージ出来ないのだ。

俺は山登りをしていて、頭で打ったのか。それで、一時的な記憶喪失になっているのか?待て待て、俺が俺である証明書はどこだ?財布はどこだ。財布はあったが、中には何のカードも証明書も入っていなかった。札と小銭がわずかに入っているだけだ。

何だよ。これ。待てよ、待てよ。俺の顔は。俺は確かクセ毛で細面で鼻は若干鷲鼻で下唇は厚いはずだったと記憶がある。鏡はどこだ?携帯の画面は?光に反射するアルミは?自分の顔をしっかり把握できない。俺は、何度も髪を顔を触った。多分、俺のような顔をしているに違いない。

何故ここにいるのか?俺は本当に俺なのか?記憶を失っているのか?ここはどこなんだ?判らないことだらけだ。絶壁の横で。

例えば、俺は俺だが、別次元にいる俺であるとか。実は既に俺は死んでいて、ここは死んだ後の場所とか?どう考えても現実に感じさせることの出来る夢の装置によってここにいるとか。

ごちゃごちゃ考えるが、まとまらない。急に瞼が重くなってきた。明け方のために体力を温存するためにも、ここは眠ろう。

起きて、いつもの場所に戻っていると良いが。

でも、いつもの場所って、どこ??

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