ダスティン・ホフマンになれなかったよ:俺の昭和POPS

ダスティン・ホフマン

若くして逝去した大塚博堂。その代表曲である、❝ダスティン・ホフマンになれなかったよ❞。藤公之介のセンシティブな詩と大塚博堂の素晴らしい声と哀切なメロディーライン。何年経っても、心に染み入ってくるのは何故だろうか。時を超えても大塚博堂は訴えてくる。多分、これからも、残っていくであろう唯一無二の昭和POPSの1つであろう。貴方はそこに何を感じるだろうか?



ダスティン・ホフマンになれなかったよ:レコード編

ダスティン・ホフマンになれなかったよ

ダスティン・ホフマンになれなかったよ:コンサート編

ダスティン・ホフマンになれなかったよ 大塚博堂
古いビデオを整理していて、本人が歌っているシーンがありましたので、紹介します。結構貴重だと思います。

ダスティン・ホフマンになれなかったよ:ある一冊


ダスティン・ホフマンになれなかったよ

九州で生まれた大塚と東北で生まれた藤公は、まん中の東京でめぐり逢った。それは、神様が偶然っぽく見せかけた必然だった。2人の胸の中にしまい込んでいたものを、お互いに引っぱり出してできた1冊。大人になりきれない男たち、ダスティン・ホフマンに青春の影を求め続ける男たち…。

ダスティン・ホフマンになれなかったよ:ある曲


ダスティン・ホフマンになれなかったよ/過ぎ去りし想い出は

「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」は、二人の子供のいる元恋人に再会し、ダスティン・ホフマン主演の映画「ジョンとメリー」のような出会いであったと示唆し、教会で祝福しながら映画「卒業」?の主人公のダスティン・ホフマンのような行動が取れなかったと語りかける内容である。その他の曲は当時の時代を感じさせるサウンドで当時の若者が行き交う街や生活を描いたものである。32歳でデビューし37歳で逝ってしまった遅咲きの天才シンガーのデビューアルバムである。これらの歌声は大変美しくあまりに切ないが優しさに溢れている。

76年発表の故・大塚博堂の代表作で,優しげなヴォーカルがさり気ない哀愁を呼び,数多くの女性ファンに親しまれた。自分が,もう決して若くはないと知ったとき,博堂の歌は切なさを増して聴こえる。青春の終りを予感させる歌がここにはあるようだ。

映画:ダスティン・ホフマン

行きずりの恋。大塚博堂の歌に出てくる映画。「ジョンとメリー」。昔の恋人とはそんな出会いであったが、映画のダスティン・ホフマンのようにはなれなかったと。そこには、彼が主演して大ヒットした映画❝卒業❞のイメージも入ってくるのだ。

ダスティン・ホフマンが主演した2つのアメリカンニューシネマの名作をモチーフにした大塚博堂の『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』には、人生の時の流れと切なさがある。人との出会いとはこんなものかもしれないが、そこには、映画へのオマージュと愛もある。そして、大塚博堂の低音の心に響く素敵な声に導かれて、時として、この2つの懐かしい映画も観たくなってくるのだ。

ジョンとメリー


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ニューヨーク、マンハッタン。建築技師ジョンのマンションで目覚めたメリーは、自分がどこにいるのかしばらくの間わからなかった。昨晩、独身男女が集まるバーでふたりは出会い、お互いの名前も聞かないまま一夜を共にしたのだった。メリーは、整頓されたジョンの家を見て女の影を感じる。ジョンはかつてファッションモデルと同棲していた過去があり、メリーはある有力政治家と愛人関係にあった。朝食を食べ、昼食まで共にしたふたりは、とりとめのない会話をしながらも、次第に惹かれあっていく。しかし、ちょっとしたことでメリーは帰ってしまい、彼女が残した電話番号をジョンは消してしまう。ふたりは再び出会うことができるのだろうか。

卒業


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優秀な成績で大学を卒業したベンジャミンは、両親の友人、ロビンソン夫人の誘惑に乗り、肉体関係を重ねるが、虚無感をつのらせるばかり。心配した両親は、何も知らずに夫人の娘エレーンとデートするよう彼に勧める…。

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フジ子さん

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