シンプルな自然体ー運とツキ(10)

運とツキ

運とツキの記事を書いて、今回で、10回目となる。このシリーズは、何故か、続いているね。自分の運とツキをいつも考えているから、常に整理しようと思っているのか、それとも、コロナでこんな閉塞な日常を送っているから、運とツキってやつについて逆に考えているのか、よく自分でもわからないが。

トラブルなときの心

とにかく、今、日本が、世界が、そして、家族が、自分が、トラブルの中にいると言っても良いだろう。未曽有のパンデミックだ。命が問われている。こんな大変なときに、どう自分の心を持っていれば良いのだろうか?先人や賢人の教えを参考にして、日常の生き方と心の有り様について、整理しておくのが必要だね。間違いなく。それが、自分の運とツキを向上させることであるとまずは勝手に認識してしまおう。

自分を作らない

ほとんど家にいて巣ごもり状態になっている人が今ほとんどだろう。こういう状況になると、初めて多くの人とどれだけ毎日関係していたかがわかってくるね。私のように、どちらかと言えば、外見とは反対に人嫌いの人間でも、食ってためには、人との交流がとても大事であった。だから、今、こんな巣ごもり状況となり、人との関係は物理的になくなってきて自分に戻っていくと、人との今までのことで、考えてしまうことが沢山出てくる。きっと、皆もそうだろう。

そういえば、私はかなり、人の前では、自分を作っていたかもしんないなと思ってしまう。今は、誰も私を制御しないというか、人との関係で、仕事的にも、友人関係的にも。だから、かなり、素のままの自分でいる。ありのままの自分で毎日家の中にいる感じがする。

どちらも、自分なのだが、今、多分、自分の本当に近い感じがする。人の多くあることが前提の仕事の世界でかなりのストレスを抱えていたのは、自分が本当のことを言わない素の自分を隠していたことも多かったからではないだろうか?

今、独り言ちする自分が多い。それはある意味、不健康的にもみえるが、自分に対してズケズケ言っていることでもある。会社に出勤し、友達と会い飲みしていたころ、どこかで自分を作っていなかったか?人に好かれようとしていなかったか?時々、発見する言いたいことを言う人に馬鹿だなと思いつつ、憧れなかったか?

人に好かれようともせず、言いたいことを言う人ほど、逆に人に好かれていなかったか?そういう人には、何故か、運やツキが巡ってこなかったか。こんなことをおもってしまう。

そこで、はたと思ってしまう。そうなのかもしれない。社会人だから、計算や駆け引きで素の自分を隠すことは必要なことと思っていたが、それも限りがあるであろう。そんな毎回そういうヤツを人は好きにならないな。

ハードボイルド探偵が好かれるのは、常に素の自分でいるからだろう。

人から好かれれば、チャンスが増える。チャンスが増えれば、自分への良い運とツキが増える。ことは多分間違いないだろう。だとしたら、素の自分を出した方が人がすきになってくれるかもしれない。運とツキが増える。

まずは、コロナ巣ごもりで、そういう運とツキの要素を知ってしまったのだ。多分、合ってるよね。これ。自分を作らないのだ。これだよ。

そう、トラブルで不安なときに大事なことは、まず、自分を作らないことだ。ありのままの素の自分で、いようではないか。

揺れない心

こんな不安な状況だから、心は乱れる。感情は揺れ動くのは当然だ。その向こうにあるのは、経験したことのない死なのだから。心は不安定で揺れている。心が良くない方向に落ちているのは明白だ。どうしても、悪いことを考えてしまう。どうやったら、平穏なニュートラルのやじろべえでいけば、真ん中のあたりに持っていくことが出来るだろうか?

両天秤にあるのは、例えば、死んでしまうからこの状態は嫌だと言う当然と言えば当然の正直な感情の重力と自分一人でも生き抜いてやるというプラスだがガチガチに張っている感じの感情の2つだとしたら、真ん中のニュートラルのところにいるようにしなくてはならないということか?それが揺れない心なのか?どうしたらそのあたりに持って行けるか?そのためには、自分の不安定な天秤状態の今のそれぞれの重力を見極めなくてはならないのだろうな。感情のほとばしりの整理をまずはしなくてはならないのだろうな。

「死んでしまうのは嫌だ不愉快だでもどうにもならない何とかしろ周りよという無責任な感情」VS「生き抜いてやる努力は辛いよなでも自分や家族だけでも生き抜きたいというエゴの感情のようなもの」が実は奥にあって、今回はその狭間で揺れるのだとしよう。

揺れる心の両天秤に何が乗っているのかを見極め、その上で、バランスの取れる真ん中あたりの感情って何だろうと考えなくてはならんのだね。きっと。

しかし、だ。そうすると、自他共にプラスになるような揺れないあたりの真ん中の感情を探すことが出来るのだろうか?でも、それって、難しくね?禅の世界でいうような無っていうこと?というようなことで、良くわからなくなってくるね。これは揺れる感情の対立を上手に整理出来なかったからに違いない。

もう一度、最初に戻ると、実は、緩れる心のためには、両天秤にエゴの悪感情2つがあることが必要になるのだろうか?例えば、もっと簡略化すれば、無責任に生きるVS表面上は責任をもって生きる、なんての良い例になるかな。どっちも実は後ろにあるのは悪感情なのである。そういう揺れる心にならないための真ん中はどこ?ということになるのだけど、そうしたら、それは正義なのか?違うだろう。両方の悪感情に傾いた自分を真ん中のところでバランスを取るのだから、清濁併せ呑むような中心支点になるバランス感覚ということになるのだろうか?

ダメだ。段々、今回は判らなくなってきたね。こんなことをしていたら、何となく、運とツキにも見放されそうだな。

今回はコロナ不安で話をしてきたから、こんなことになるんだろうか?この話は駄目な方向に行ってしまった感じがします。

もっと、シンプルに

揺れる心にバランスをということで考えていったら、複雑にしてしまって、自分の話は破綻した感じがある。そして、そんなことをしていたら、何となく、運とツキから見放される感じもあった。心の乱れがあった場合に揺れない心を作る方法のシーソーの天秤の中間に心を持っていこうという話をしようとしても駄目だった。複雑になるのは駄目なのだ。それは見つけたかもしれない。ならば、シンプルに。複雑に考えているような人に運とツキは来ないだろう。多分。ならば、今回のコロナ不安に対しては、無駄な動きや不必要な思考をしない。自分が出来るシンプルな防御や思考を続けていく。これもしなくてはならないとか複雑にしていくことは避ける。

破綻でした

なんとなく、今回は話をしていて、運とツキから離れてしまったかもしれないね。反面教師ということで、こういうことがあるということにしましょう。許してちょう。なので、今回の記事もそのまま載せておきます。良いことばかり書いても、ブログって、駄目でしょう。なんちゃって。

それでも、今回の記事の中では、自分を作らないで素のままで生きようってのは、巣ごもりだからこそ知ったことかもしれないことだから、これは、意味はあったかもしれないねと強気なことを言ったりして。複雑は駄目で、シンプルな方がいいと言うのも意外と正しかったりして。と、論理の破綻があったのに、それでも、立ち上がろうする馬鹿な俺です。

実に、すんませんでした。次回にかけよう。

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