俺とサイモンとガーファンクル①

サイモンとガーファンクル

俺の青春時代の幸せは何と言っても、サイモンとガーファンクルに出会えたことだ。それは、映画を観るならフランス映画さと歌っていた甲斐バンドを知ったことよりも、ビートルズが世間を席巻していようとも、ピンクフロイドが話題になろうとも、木枯し紋次郎が爪楊枝を吹こうとも、俺の中では、揺るぎのない絶対的なものだった。そのくらい、俺の中で、S&Gはカッコ良かったのだ。その何とも言えない暗さが。

港町と映画「卒業」とS&G

俺は、港町の港の近くで生まれた。周りは繁華街だったし、家のすぐ近くには、大きな映画館もあった。今でいう喫茶店も出来始めた頃だ。その頃、俺は中学生にもなり、髪はくるくるの巻き毛だった。クセ毛だったのだ。

そう、アート・ガーファンクルのように。俺は、分からないのに、『卒業』を観た。俺はその時既にイヤラしくなっていて、主人公ダスティン・ホフマンの彼女であるキャサリン・ロスよりも母親のアン・バンクロフトの大人のエロさに驚いた。

この女はエロいと思ったのだ。港町にこの女似合うぜ。だって、この奥さん、かなり、エッチなのだ。雰囲気といい、黒いタイツといい、最高だった。だから、ミセス・ロビンソンの曲がかかった時、俺はイッタ。精神的にもね。これがS&Gとの最初の出会いだ。

「中ぼ~」とS&G

S&Gとそんな出会いをした俺は、学校から帰って夜中に、独りこもって、当然ラジオの深夜番組を聞く。FMもその頃始まったばかりだ。当たり前のように、邦楽より洋楽。ロックかポップスに走るのは当然。俺の好きな曲を探せとばかり、ビルボードやポップス20とかを聞きまくる。しかし、それでも、俺は、サイモンとガーファンクルが他のどの曲より自分に馴染んでくることを肌に感じてしまう。時代は、日本の中でも、吉田拓郎やユーミンやかぐや姫が台頭し始め、フォークロックの時代になってきたのだった。だが、誰も俺のS&Gに楯突くことは出来なかった。やはり、彼らはいい。文句なくいい。俺には絶対だった。

どこがそんなに良いんだい??そう思うだろう。でも、当時の俺は、他を簡単にS&Gのポジションに持っていくことを許さなかった。その魅力は、まずは、ポール・サイモンの哲学的な詩にある。これは崩せない。そして、曲の明るくはない真面目さかな。そんなところに勝手に惚れた。

このように、俺は中学生のときに、サイモンとガーファンクルに出会った。しかし、彼らは、映画「卒業」前後に多くのアルバムを出していたのだ。そのどれもが、かなり良い曲ばかり。参ってしまった。俺は彼らを知るのが、かなりの遅い人だったんだ。

「水曜日の朝、午前3時」と赤毛のセーラー服

Wednesday Morning 3 A.M.
"Wednesday Morning 3 A.M." - Simon and Garfunkel.

特に、『水曜日の朝午前3時 Wednesday Morning 3 A.M.』 なんて、どうなの?初期のアルバムの中でも、傑作中の傑作だろう。ポール・サイモンがイギリスから故国を想う気持ちがあふれ出す名曲揃いだ。最初にして。特に、「キャシーの歌」なんて、どうするのよ。この哀切さを。

Simon & Garfunkel - Kathy's Song - Live, 2003
Wilkes-Barre,10-16

当時のシングル曲も結構良いのがあったね。

「 コンドルは飛んでいく 」 「冬の散歩道」 「サウンド・オブ・サイレンス 」

俺は夏期講習で隣町まで電車で出掛けた。同じ講習に来ていた女の子に夢中になった。違う中学校の3年生だった。セーラー服のスカーフは目にも鮮やかな綺麗な赤だった。おでこが広くて、髪の毛は赤毛がかっていた。大きな瞳だった。30日も勉強に通い、そして、想いもつのり、最終日に告り、粉砕死亡。そんな時でも、サイモンとガーファンクルは流れ続けていた。夏の電車を流れる風を連れてくる山の緑が何故かとびっきりに輝いていた。本当にキショイぜよ。オマエ。

ニコニコ動画

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ニコニコ動画「サイモンとガーファンクル」

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